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 19世紀から20世紀初頭にかけて、生涯を医療と看護に捧げたイギリス人、ナイチンゲールの名言です。
 1854年、クリミア戦争の従軍看護団の一員として、後方基地で兵士の傷病看護にあたった彼女が目の当たりにしたのは、傷病兵士の劣悪な待遇と衛生環境でした。彼女は兵士の命を救うため、献身的な看護を行っただけではなく、トイレ掃除を管轄する部署がないことに着目し、医療衛生改革を進めていきました。病院での死者の大多数は負傷ではなく、院内の不衛生による感染症で死亡したと推定されており、ナイチンゲールの現場目線の着想と行動力は、現代まで語り継がれています。
 令和2年10月14日付の毎日新聞朝刊で、「クルーズ船集団感染の教訓」と題し、2月に横浜港に入港した大型客船ダイヤモンド・プリンセス号での船内救護活動が特集されました。
 活動の中心となったのは、大災害の現場で優先順位を決めて、患者を搬送する訓練を受けた医療チーム。当時、神奈川県の医療体制は、日々増加する発熱者や、判明する新規陽性患者への対応に追われ、一つ判断を誤れば、一気に崩壊する危機にありました。



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