これは、中国の春秋時代の思想家である孔子と、その高弟の言行を記録した書物である『論語』に出てくる言葉です。
「巧言」とは、口先巧みに言葉を操ることで「令色」は、人に諂(へつら)うような愛想のよい顔つきのことです。また、「仁」とは、他者に対する思いやりや慈しみの心で、最高の道徳を意味します。
つまり、「言葉巧みで、人の顔色を窺うような人に、思いやりや慈しみのある人は少ない」という意味になります。
このことは、会社等で、部下が上司に対して媚び諂い、御機嫌取りをする姿として容易に想像することができますが、こういった行動は、「上司に取り入って、同僚よりも早く昇進して、少しでも給料を多くしてもらいたい」という下心から生ずるものです。
本当の思いやりや慈しみとは、己を勘定に入れず、誠実に相手と向き合うことです。
「鬼手仏心」という言葉がありますが、これは、外科手術が、一見、鬼のように残酷に患者の体を切り開いているように見えるけれども、その裏には、何としても患者を救いたいという仏のような慈悲心があることを意味します。
本当に相手を思いやる態度とは、一見残酷で厳しく見えるものです。
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