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 1991年、日本人初の国連難民高等弁務官に就任し、昨年10月に死去した緒方貞子さんの言葉です。
 緒方さんは、「苦しむ人々の命を救う」という信条を胸に、文化、宗教、信念の壁を乗り越えることを説き、自ら実践しました。難民支援活動では、難民のキャンプ地を訪れ、その現場に応じた最善の選択を行うという「現場主義」を貫きました。紛争地である自国内に留まらざるを得ず、原則では難民に指定されない人々を「難民」として扱う判断を現場で下し、ルールに縛られずに人々を救ったことは有名です。
 その類稀なる決断力や交渉力により、「小さな巨人」の異名を持ち、単に英語が話せるだけではない、「真の国際人」として世界から尊敬されていました。
 昨年12月、不審車に乗った男たちから銃撃を受けて命を奪われた中村哲医師も、現場主義を徹底した人でした。
 氏は、アフガニスタンでの診療活動に従事しましたが、100万人が餓死するであろう大干ばつの悲惨さを目の当たりにして、「100の診療所より1本の用水路を」と唱えて、水源確保と土地緑化活動に重点を移します。独学で土木を学び、井戸を掘り、用水路を引いて、広大な砂漠を農地に変えたことで、多くの人々がその地に帰還し、飢えの苦しみから解放されたといいます。



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