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 この選手は、10歳の時に列車事故で両腕を失いましたが、その後もサッカーなどに挑戦し、最終的に転倒時の身体接触の危険を避けるために、卓球を選んだといいます。初戦では杖を使いながらプレーする英国選手と対戦し、足でトスを上げ、口にラケットをくわえて、懸命に頭を振ってラリーを競う彼に、会場からは拍手が沸き起こりました。
 一見して重労働に見えるこのプレースタイルについて尋ねた記者に、
「20年以上もこれでやっているんだ。大変なことなんて一つもないよ」「初めてパラリンピックに出場して、各国のチャンピオンたちと戦えるんだ。とても幸せ」「目標は勝利だけじゃない。不可能なことはないと伝えたい」と、充実感に満ちた表情で答えたと記事は伝えています。失った両腕を嘆かず、残された全身を最大限に生かしてプレーした彼は、志をもって努力することの喜びを、その姿で体現したのです。
 仏教では、『中部経典』で、「過去を追うな。未来を願うな。今なすべきことを努力してなせ」と説き、過ぎ去った過去を悔やんだり、まだ到らぬ未来を思い煩うのではなく、今を懸命に生きることを教えます。
 私たちも、たとえどのような境遇にあっても、自らを高めようとする心を失いたくないものです。それぞれが背負った様々な苦しみの中で、与えられたこの命に感謝し、使命を全うしようと、努力した先に、真の喜びや幸せがあるのではないでしょうか。




文・南 省吾

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