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 『法句経』において、釈尊は、


「不実を語りて悪処に入り
 自ら作して『われは作さず』という
 これら両者の賤しき業のもの のちに等しく悪処に入らん」


として、嘘をつき、その上に自らの非を認めない不誠実な者は、悪処に入ると諌められました。
 たとえ周りの目をごまかせたとしても、私たちは常に、自らの言動を、自らの目と耳で見聞きしており、そこには一切のごまかしが利きません。己を統べるのは、どこまでいっても自分自身ですから、自他を導くためには、自らに恥じない言動を心がけることが何よりも肝要です。
 私たちにとって「心に恥じることがない」とは、自分の言動に責任を持ち、帰依するところの仏・法・僧に心を尽くすということです。そうした心がけこそが、信仰の生命線であり、その心に基づく言動こそが、人々を心服させ、水面に投じられた一石のように波紋となって、縁ある方々へと広がってゆきます。私たち一人一人の行動こそが、この世を清らかにしていくのです。

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