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 しかし、私たちは森羅万象の中、水や熱、空気といった御仏の大きな慈悲の顕現の中で生かされています。それ故に、自らの行いは他の誰かが見ていなくても、必ず天地、即ち神仏が照覧されています。その行いは、人間が死後、冥界で閻魔大王の裁きを受ける時に、どんなに小さな悪も漏らさず、浄玻璃の鏡に映し出されるといわれます。まさに「仏様見てござる」です。
 さらには、自らが考えたことやその行いは、自らの心が一番よく知っています。たとえば、深夜の路上での、ゴミや煙草の吸殻のポイ捨てといった身で犯す罪から、人を傷つけようと発した言葉、友人や隣人の成功に抱いた嫉妬心に至るまで、たとえ誰も知る人はなくとも、本人の心には、身・口・意で犯す悪業の一つ一つが刻まれています。
 私たちは、悪を常に戒め、善に向かおう、誠実であろうと努めることが肝要です。それが、誰にも恥じることのない充実した人生につながるのです。
 釈尊は「悪に近づくなかれ」と仰り、善き仲間と居られることを最高の幸せであると説かれました。また、「類は友を呼ぶ」とも言います。少しずつでもいいから、自分が正しいと思える行いを心掛けることで、自ずと善き仲間が集まってくるものです。即ち善き行い、善き仲間が自らの心を正してくれるのです。御仏は、悪行だけでなく、善行も照覧しておられます。まずは、「一日一善」を心がけようではありませんか。

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